2.5日の親孝行

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23歳になってすぐ、私は実家を出て京都へ引っ越した。忘れもしない閏年の2月29日、もうすぐそこまで春がきているというのに、その日は雪がしんしんと降る夜。23年間住んだ家の荷物を、キャリーケース1つと30リットルのバックパックに収まる量にまで減らし、雪の中地元の駅まで1人で歩いた。反対され続けた一人暮らしで、もちろん見送りはなし。妹からもらったキャリーケースは新宿でタイヤが壊れて、半べそかきながら夜行バスに乗り込み、泥のように眠った。起きたら、京都での生活が始まる。夢とか、希望とか、憧れは一切はなくて、「とにかく必死の思いで京都へ逃げてきた」。そんな言い方が私の“上京”にはぴったりだった。

気がつけば京都にきて6年も経った。京都へきたときの話は今ではすっかり笑い話だ。それくらい時間は経ったし、母と私がお互いを理解するのにも、私が少しだけ大人になるのにもそれくらいの時間が必要だった。

最近は私が実家に帰るのではなく、母に京都へ来てもらっている。帰省するたびにお金を持たせてくれるのがなんか気が悪くて、そのお金で一年に一度京都観光したほうがいいのではないか?と私が提案した。寺社仏閣が好きで、御朱印を東日本でこつこつと集めている母は喜んで京都へ来てくれる。

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「家を出た時には、半年で戻ってくると思ってたよ」と言われた。ちなみに家を出たときの私には戻る、という選択肢は皆無だった。言い合いになった兄は壁に穴を開けるほど京都行きに反対していたし、私も無謀な行動だったと、今でもたまに思う。考えなしで、行動力だけで全てをどうにかしようとしていた私は、本当に鉄砲玉のようだった。昔の私を知る人は「本当に岡安は落ち着いたね」と笑ってくれる。私も少しは大人になれたのだろうか。

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雪の降る貴船神社は美しかった。寒かったのに、妹がくれたカーディガンをどうしても来たくて薄っぺらいワンピースで家を出て不機嫌だったけど、この風景がいろいろ吹き飛ばしてくれた。(でもすごく寒かった)

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外食をしたり、銭湯に行ったり、天気雨の後に大きな虹を見たり。たった2.5日間の親孝行だけれども、年をとっていく母に何か私は残せただろうか、とか考える。私の撮った写真を盛大に褒めてくれたのも、初めて私の写真を喜んでくれたのも母だ。死んだ犬との写真は大きく引き伸ばして家に飾ってくれている。自分の持っている技術が、記録する行為でよかったと思えるようになったのは、母の存在が大きいかもしれない。

一年に一度の親孝行はあと何年続けられるだろう。「私が死ぬまでこのペースだとあと20回くらいしか会えないかもね、でもそれくらいでちょうどいいのかも」と笑う母の写真は、これからも撮り続けようと思う。それが私にできる数少ない親孝行だ。

(なんか母が死んだような日記になってしまいましたが、母は今日も超元気です)

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